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2021/04/27

ストーリー

【ストーリー】攻めの仕事で、もっと前へ。「鮨 銀座おのでら」ニューヨーク店・久保 卓弥

“The Michelin Guide New York”では4年連続で星を獲得し、現地では「ニューヨークで本物の鮨と言えば『銀座おのでら』」とまで評価されてきた「鮨 銀座おのでら」ニューヨーク店(以下、ニューヨーク店)。その新天地に今年3月から挑戦しているのが、久保 卓弥(ONODERA GROUP執行役員)です。

若くして海外に憧れ、これまで「鮨 銀座おのでら」ハワイ店(以下、ハワイ店)で勤務してきた久保。厳しい環境下でも常に前を向き続ける、攻めの仕事ぶりに迫りました。

【諦めずにつかんだチャンス】

久保 卓弥(「鮨 銀座おのでら」ニューヨーク店)

久保は青森県の出身。地元高校の調理科を卒業したのち、江戸前鮨チェーンである「寿司田」(すしでん)に入社しました。

久保「小さいころから鮨が好きでした。出身はマグロで有名な大間に近い地域でしたし、時々父に鮨に連れて行ってもらっていました。それに『手に職をつけたい』と思っていたこともあって、高校時代からいくつかの飲食店でアルバイトをしていましたが、その中でも『鮨がいいな』と」

当時ニューヨークで店舗を経営するなど、海外進出の先駆けだった「寿司田」。久保も若いころから海外挑戦の夢を持っていましたが、「まずは地力をつけるべき」という周囲の意見に従い、国内で実力を磨きました。

久保「一時期個人店や他社で経験を積んだ時期もありましたが、27歳の時に『寿司田』へ戻ってきました。そこで店長を10年間務めた後、いよいよ『アメリカに行こう』と独立したんです」

しかし時は「アメリカファースト」。大統領の交代に伴い、外国人の就労に厳しい視線が注がれていた時期でした。一度ロサンゼルスに渡った久保も就労ビザを取得できず、残念ながら帰国を余儀なくされました。

久保「それでも夢を捨てきれなかったんです。今は厳しくても『40までに海外で鮨を握ろう』と思っていました。そんな時に『鮨 銀座おのでら』ロサンゼルス店の松木役員(松木 洋平。詳しくはこちら)と知り合って、『海外で鮨を握りたいのならぜひ』と声をかけてもらったんです」

一度抱いた夢を諦めず、ようやくつかんだ「銀座おのでら」でのチャンス。久保は40歳を目前にして、アメリカ・ハワイへと渡りました。

【海外で鮨を握るということ】

「鮨 銀座おのでら」ハワイ店

いよいよ海を渡った久保。「銀座おのでら」の世界統括料理長である坂上 暁史からは「気負わずに自分のカラーを出していってほしい」というアドバイスをもらったといいます。

久保「自分が行く前から現地で『銀座おのでら』は認知されていましたが、だからこそそういうアドバイスをいただいたのだと思いました。1年目はまずしっかりと坂上親方のやり方を踏襲し、2年目から先付を変えたり、現地食材を使ったり、自分のカラーを出していきました。また来られたお客様を断らず、いい意味で敷居の低い、お客様に親しみを感じていただける店を目指しました」

当初の従業員は、久保を含めて2名。その後現地採用で3名となりましたが、少数精鋭で綿密なコミュニケーションを取っていったといいます。

久保「意見を活発に出してもらいながら、最後はしっかりと自分が責任を持つ。よく聞くことは大切ですが、受け身になりすぎるのもいけないと思います。そこのバランスは慎重に考えながら答えを出していました」

徐々にハワイ店を自分の居場所として、現地での職人生活に慣れていった久保。その中で、「海外で鮨を握ること」の難しさとやりがいを感じるようになっていきました。

久保「鮨って、シンプルだからこそ奥が深い。だからこそ世界中に大きく広まっているのですが、その分成長のスピードも早いんです。特にハワイには、日本人すら知らないお店や魚の部位をよく知っている、目の肥えたお客様がたくさんいらっしゃいます。常に気が抜けないですし、私自身もっと成長していかなければと常に考えていました」

ハワイという地域に深く根ざし、成長してきた「鮨 銀座おのでら」ハワイ店。次なる一手を繰り出そうとしたまさにその時、新型コロナウイルスが世界中を襲いました。

【危機を乗り越える、奇跡のコラボ】

尊敬する先輩と仰ぐ、「すし匠」中澤親方(左)と共に

新型コロナウイルスの感染拡大により、昨年3月からロックダウンに入ったハワイ。近隣の飲食店が次々に店をたたむ中、「次は自分なのか」という不安を抱いたこともあったといいます。

久保「正直、不安はありました。でもその時、坂上親方から『動かなきゃだめだよ』という言葉をいただいたんです。ここで店を支えられるのは、あくまで現地にいる自分たち。『とにかくやるだけやってみよう』と、自分を奮い立たせました」

そしてまず打ち出したのが、握り鮨の折箱“Sushi Spirit”(120ドル)。箱は8寸(約24cm)の黒塗りのものを使用した、かなり思い切った内容だったといいます。

さらに久保は、鮨業界が一致団結してコロナ禍を乗り越えるべく、ある方とコンタクトをとりました。

久保「アメリカ進出の先輩である鮨店『すし匠』の親方・中澤 圭二さんです。『ライバル』なんてとてもおこがましくて言えないくらい心から尊敬している先輩ですし、一緒に何かできないかと思ったんです。そうしたら中澤さんが『一緒にコラボして、ロックダウンで落ち込んでしまったハワイを元気づけていこうよ』と

そして昨年9月に発売されたのが、「鮨 銀座おのでら」と「すし匠」による夢のコラボセット。「銀座おのでら」の握りに「すし匠」のつまみ細巻きとちらし寿司、さらには厳選された日本酒がセットとなり、2人前で200ドル。1日40セット限定ではありましたが、なんと1時間で完売する記録的な売れ行きとなりました。

大きな危機を前にしても知恵を絞り、仲間たちと手を携えて立ち向かった久保。今なお厳しい時期であることに変わりはありませんが、InstagramなどのSNS(公式アカウントはこちら)も駆使し、必死にコロナと立ち向かう日々を送っています。

【環境に負けず、さらに前へ】

世界の中心・ニューヨークで、新たなチャレンジへ

今年3月。久保は約3年勤めたハワイを離れ、ニューヨークへと渡りました。

久保「3月16日からニューヨーク店での勤務が始まりました。正直行ってみないと分からない不安もありますが、いい意味で気負わずにいきたいです。こういう大変な時期だからこそ行かせていただけることに意味がありますし、何より小野寺会長の想いがつまった店。まずは無事故で、しっかりと軌道に乗せていきたいですね」

日本人在住者が多かったハワイに比べ、ニューヨーク店は約8割が海外のお客様という点も、久保の意欲を高めています。

久保「ニューヨーク店で取り組んでみたいのは、ヴィーガンへの対応。ハワイでは食材などの関係で対応できず、お断りすることもありましたが、ニューヨークはヴィーガンの需要が年々高まっています。鮨店であってもそうした食文化に応えられる多様性がなければいけないと思いますし、今後そういったコースをつくっていければと思っています」

かつて夢を抱き、時に挫折しかかりながらも、確かな足跡を残してきた海外挑戦。その土台となった「銀座おのでら」とは、久保にとってどのような場所なのでしょうか。

久保「私の基本、ですね。でもすべてではないと思っています。私は親方ではないですし、そうした役割ではないからこそ、自分の立場からできることがたくさんあると思っています。小野寺会長の想いや坂上親方の教えを大切にしながら、自分の使命をまっとうしていきたいですね」

その言葉からは、過去を懐かしむのではなく、まだまだ先を見据える強い意志が感じられた久保。決して今の立場に安住することなく、さらなる「攻めの仕事」で、鮨の世界の極みを目指していきます。

 

《「銀座おのでら」ホームページ》
https://onodera-group.com/

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