三浦知良選手 × ONODERA FC OB スペシャル対談

PART 1:NAGASAWA’s STORY

なぜ「デュアルキャリア」の道を選んだのか?

長澤 壮竜

プロサッカー選手になる目標に向けて活動していた大学4年の秋、自身が納得するJリーグのチームから声はかからなかった。「サッカーを諦めるか…」という葛藤のなか、出会ったのがONODERA FCでした。当時神奈川県2部リーグで戦っていたチームを「昇格させていく」という挑戦に、素直にワクワクしたんです。サッカーを続けながら、会社員としても働く「デュアルキャリア」という環境を選んだのだ。

「大好きなサッカーを全力でやらせてもらっているからこそ、仕事にも100%コミットする」自分が作った食事にお客様がお金を払ってくださるという経験は、仕事への責任感とやりがいを与えてくれました。また、年齢や性別、国籍も異なる多様な人材が働く職場で活きたのは、サッカーで磨いた「コミュニケーション能力」です。サッカーを通じて、初めて会う選抜メンバーと即座にプレーし、ゴールを目指してきた経験が、ビジネスの現場でも強みになりました。

長澤 壮竜
PROFILE

長澤 壮竜

4歳でサッカーを始め、前橋育英高校・日本大学で10番背負う。
(株)LEOCに入社し、ONODERA FCで3年活動をしたのち、ONODERA FCを引退。現在、事業部長として活躍。

PART 2:SPECIAL DIALOGUE

三浦知良 × 長澤壮竜 スペシャル対談
情熱を絶やさない生き方、グラウンドからビジネスへつなぐ未来

三浦知良選手

新しい環境に飛び込むということ ――
「自ら積極的に」なる姿勢

長澤:私は、ONODERA FCを引退したのち、地方へ異動になり、新たな環境で業務に挑むことになりました。新しい環境に飛び込む際、いつも意識されていることはありますか?

三浦:僕は15歳でブラジルへ渡ったけれど、未知の環境では「相手が受け入れてくれるのを待つ」姿勢では、永遠にその輪には入れない。自分から積極的に相手の懐や文化の中へ飛び込んでいくことが何より大切だと思う。相手の出方を待つのではなく、自分から溶け込みにいく。分からないことは素直に聞く。「自分で自分の環境を創り出していく」という意識を持つと、きっと見え方が変わってくるはずだと思っているよ。

三浦知良選手

カテゴリーを超えた情熱 ――
社会人サッカーに見る尊さ

長澤:私は仕事とサッカーを両立しながらONODERA FCでプレーしていました。三浦さんの目から、こうした社会人サッカーはどう映っていますか?

三浦:鈴鹿(JFL)の時に強く感じたのは、「試合にかける想いや情熱に、カテゴリーの差なんて一切ない」ということ。上手くなりたい、勝ちたいという純粋な気持ちはプロも地域リーグも同じ。ただ、社会人サッカーの選手たちはプロと同じ負荷の練習をこなした後に仕事に行かなければならない。彼らの姿を見て、純粋に「すごいな」と刺激を受けたし、そんな情熱を持った彼らと同じチームで戦えたということは、僕にとっても大きな財産になっているよ。

三浦知良選手

未来は創れる ――
30年後の世界を変える、夢の力

長澤:引退した現在、ビジネスで成果を出し、それが大好きなONODERA FCへの貢献に繋がることを目指しています。

三浦:サッカーの素晴らしいところは、どのチームだって、10年後、30年後Jリーグで戦うチームになれる可能性がある。
だからこそ、長澤さんが持っているその情熱を、長く持ち続けてほしい。「情熱を持ち続けること」は、実は一番難しくて、一番大切なことだからね。

三浦知良選手

フラットな組織 ――
グラウンドの流儀を、ビジネスの現場へ

長澤:組織を強く、魅力的にしていくために重要だと思われることは何でしょうか。

三浦:サッカーのグラウンドの上って、年齢に関係なく、プレーで示せる人が上に立つし、失敗したらカバーし合う。強い組織を作る秘訣は、「年齢に関係なく、フラットに意見をぶつけ合える環境があること」なんじゃないかな。そして何より、お互いを一人のプロフェッショナルとして「リスペクト」し合うことが、強い組織のベースになると思うな。

三浦知良選手

三浦知良選手からのメッセージ

現実に直面して思い通りにいかないと、少しずつ情熱が薄れてしまいがちになる。僕はプロを志してから今年で44年目になるけれど、『もっと上手くなりたい』という気持ちは今も1ミリも変わっていない。どんな環境の変化や挫折があっても、最初に胸に灯した情熱の火を消さないでほしい。その強い気持ちさえあれば、サッカーでも、ビジネスでも、必ず道は開けるから。

三浦知良選手
PROFILE

三浦 知良

1967年、静岡県生まれ。
ブラジルへ単身渡り、サッカーの技術と精神を磨く。
Jリーグ創設とともに帰国し、初代MVPを獲得。
日本人選手としていち早く世界に挑戦し、道を切り拓いてきた。
現在もなお、最年長プロサッカー選手として第一線で活躍を続けている。

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